インタビュー 私の10年未来予想図
―10年後、ITはどうなっていて、あなたは何をしていますか?
vol.3
「株式会社匠Lab 萩本順三 氏」

代表取締役社長
http://www.takumi-lab.co.jp/
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  • 速いサイクルで進む技術革新やビジネスの変化によって、IT 業界とそこで働くエンジニアの環境も日々大きな変化にさらされています。こうした変化を受け止めつつ、10 年後にどうなっていくのか、どうなっていたいのか。業界のキーパーソンにインタビューしました。
  • ■システム開発プロジェクトの「牢屋」から抜け出さないといけない
  • ─── 萩本さんは 2008 年、創業メンバーでもあった豆蔵を辞められて独立されました。最近のシステム開発の状況をどう見ていらっしゃいますか?
  •  今までの多くのシステム開発が、システム開発プロジェクトの「牢屋」に閉じこもって開発しているみたいなものではないかとずっと考えていました。それは、システム開発の範囲をすごく狭いものにしているのではないか。それではエンジニアリングの価値を生かし切っていない、つまり経営者やビジネスから見れば、ソフトウェアの価値が説明されていません。
  • ─── システム開発プロジェクトの「牢屋」とはどういうことですか?
  •  要するに、ユーザーから要求が降りてくるまで閉じこもっているということです。しかし企業の価値を高めるためにカバーするべきエンジリングの範囲は広いはずで、エンジニアにとってプログラミングやシステム開発だけが提供できる価値というわけではありません。
  •  例えば、IT アーキテクトには説明責任があります。なぜこのソフトウェアが企業に価値を与えるのか、どのような構造になっていて、どのような機能を提供するのか、それをほかの設計者に、同僚に、上司に、ビジネス オーナーに説明する場合、それぞれで抽象度合いが違う。しかし、それができなければ顧客にソフトウェアの価値を説明し、提供することはできません。それができる能力はエンジニアにとって必要なものです。
  • ─── いわゆる上流開発の部分に進出せよ、ということですね。
  •  いまのエンジニアは、開発手法を従来のウォーターフォールから反復やアジャイルにしたほうがいい、ということは知っていると思います。そのアジャイルな開発手法とは何なのかといったら、上流の設計や下流の開発という分類をやめて両方を並行して走らせることです。
  •  なぜなら、システム開発の時点では要求仕様があいまいだったり、アーキテクチャがあいまいだったりするので、できるだけはやく検証する必要があり、そのために開発しながら設計、設計しながら開発することがリスクマネジメントになるためです。
  •  だったら要求仕様そのものを作るときにはリスクマネジメントしなくていいのか、システム開発のもっと前のフェーズでは反復開発しなくていいのかという疑問が沸きます。それに答える方法論が「要求開発」だったわけです。
  • ■要求開発段階でこそエンジニアは戦うべき
  • ─── 萩本さんはアジャイル開発にも要求開発にも深くかかわってきましたね。
  •  1997 年にオブジェクト指向開発方法論を、そして 2003 年くらいから要求開発の方法論を考えはじめました。当時はそれぞれを、分けて作ったため分かれていますが、ここをつなげることでもっと価値のあるものを IT で作り出せるというのは昔から分かっていました。しかし、まだ能力的に無理でした。
  •  そして今、この 2 つをつなげて並行して走らせるような新しい方法論を現在の会社で開発しています。結局考えてみると昔からのテーマを継続してやっているということです。
  •  2003 年くらいから要求開発をずっとやってきて、それを一般のエンジニアにも実践してほしかったのですが、一般のエンジニアから要求開発のようなフェーズは超上流に見えてしまっている。ぱっと振り返ったらだれもエンジニアがついてきてくれていないという事実に気がついた。
  •  だから今、要求開発段階と開発段階をつなげた方法論を作り、かつ、開発方法についてもう一度私としても徹底的に考え方を主張していこうと思っています。
  •  私は要求開発段階でこそエンジニアは戦うべきだと思っています。なぜならシステム開発プロジェクトの前の段階、つまり業務のレベルでシステムの使い方をできるだけ早く確立することが、IT で価値を高めるうえではとても大事なことで、それをやるのが要求開発なのです。
  •  しかし、そうしたことを SIer など IT 企業が行うためには、いままでの仕事のやり方を変える、組織改革や会社改革、経営者やエンジニアの意識改革が必要です。
  • ─── そういうことが IT 企業の生き残りのカギになるということですね?
  •  いままでは開発の牢屋に入って「要求出してくれ」って言っていたけれど、これからは要求開発からやるぞと。そうすると実はエンジニアがやる気になって、みんなが元気になる。なぜかというと、やっぱり今まで訳も分からない要求を押しつけられていたからです。
  •  開発をしていると「何でこんな仕様になっているのか」という要求が降ってくることがあって、でも降りてきたから作るしかないか、という状況だった。でもちゃんとした要求仕様を作るには業務を確立しない限りありえない。それは業務と IT の両方が分かってないとできないのです。
  • ─── そういうのを考えるのは、企業内の CIO や情報部門の役割だという見方もありませんか?
  •  実際には、企業内の CIO や情報部門が、これらをきちんとできることはまれです。だから、そこに私は IT 企業のチャンスがあると思っています。IT 企業が生き残れるとしたら、そこを取りに行く。そしてそこを取れれば、その後の開発も行えるんです。
  •  今まで SIer だった企業が、エンドユーザーの業務の「見える化」などを通して必要な社内の IT プロジェクトの絞り込みをしていくといったことは、今までシステム開発を経験している人たちの知識や経験を少しずつ応用していけばきっとできるはずです。
  •  そうやってエンドユーザー企業の価値を IT で高めていく。私はここに IT 企業がこれから生き残っていく大事なポイントがあると思っています。これからはもうプログラミングだけとかシステム インテグレートだけでは価値を発揮できません。なぜそのシステムはビジネスの価値を高めるのかという根拠の説明や、どのようなシステムがビジネスの価値を高めるのかといった要求開発的な価値を提供する企業が登場することで、従来の開発しかできない IT 企業は負けていってしまうからです。
  • ■エンジニアの価値を高めるために IT 業界を変革したい
  • ─── 本当に価値を提供できる IT 企業でないと生き残れないと。
  •  そういう、価値を提供できるような企業の集まる IT 業界にしていきたい。そう思ったとき、できる集団を自分の会社として作るとなると時間がかかると思いました。だったら問題意識を持ったわりと小さめの会社と組んだほうが早い。そこで、今いくつかの IT 企業にフェローや技術顧問として入り込み、IT 企業のブランディングから、要求開発から開発までの技術指導、そして、意識改革を行うためにコンサルティング、教育、方法論の提供といったことを行っています。
  •  そうやって IT 企業の中に私が入っていって、改革をして、視点も技術も変えて、ビジネスを戦場にして戦えるエンジニア集団を作り、ユーザー企業へ乗り込んでいくほうが、僕の目指すゴールが近くなると思っています。そして実績を示していくことで、どうやったらエンドユーザーの価値を高められるのか、その方法はどうすべきなのかという考え方も広がっていくし、IT 業界の改革も広まっていくのではないかと思います。
  •  IT 企業は変わっていくし、技術も変わっていきます。もしもプログラミングを目指すのなら世界的にも超一流を目指すつもりでないとこれからは苦しい。企業向けのシステムには、実はそれほどたくさんの種類のソフトウェアはいらず、開発するよりもパッケージやサービスが主流になる。とすれば、これからはそれらのコーディネーターが必要で、どういう人がコーディネーターかといえばビジネスと IT が分かる人や企業。そういうところに価値が移ります。そういう IT 業界にしたい。
  •  だから独立した本当の理由は、エンジニアの価値を高めるために IT 業界を変革したい、それが私の目標なのです。
    (2009 / 3 / 25 公開)

  • <プロフィール>
    萩本 順三 (はぎもと じゅんぞう)
    株式会社 匠Lab 代表取締役社長
    http://www.takumi-lab.co.jp/
    2000 年に株式会社豆蔵を設立、オブジェクト指向や開発方法論といった新技術の普及と実践を国内でリード。2008 年に独立し、IT 業界の改革を促進するために株式会社匠 Lab を設立。現在、株式会社豆蔵 プロフェッショナルフェロー、リコーソフトウェア株式会社 技術顧問、ケペル株式会社 フェロー、株式会社ニッポンダイナミックシステムズ フェロー。