開発者のためのケーススタディ
―先端事例を開発視点で斬る
vol.03

グレープシティ株式会社
ツール事業部
PowerTools 製品部

プロダクトマネージャ
小野晃範 氏 (左)

プロダクトエンジニア
奥山恭宏 氏 (中央)

テクニカルエバンジェリスト
八巻雄哉 氏 (右)
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  •  グレープシティ株式会社 (以下、グレープシティ) は、1980 年に「文化オリエント」という名称で宮城県仙台市に創業した業務アプリケーション開発支援ツール ベンダである (2002 年に現在の「グレープシティ」に社名変更)。1993 年から発売が開始された PowerTools シリーズは、自社開発のツールと、海外製品をローカライズしたツールからなる製品シリーズで、国内で広く利用されている。日本の ISV (独立系ソフトウェア ベンダ) がパッケージで商業的に成功することは難しいといわれる日本市場において、堅調にビジネスを拡大し続けている数少ない例の 1 つだ。その背景には、日本市場に向けた徹底したカスタマイズと品質の向上がある。また本社機能を日本の仙台に、コード開発拠点は中国、インド、ロシアなどといった海外に置き、高品質のソフトウェアを開発することに成功している。常識を覆し成功できる秘訣はどこにあるのか。ツール製品の開発に携わる小野氏、奥山氏、八巻氏にお話を伺った。
  • ■海外開発元の製品は、たとえ最終製品版であっても「ベータ版」程度の意識
  •  グレープシティが販売する “PowerTools” は、Visual Basic、Visual Studio 用の開発支援ツールのシリーズ名で、多くの製品がコンポーネントの形式で提供される。業務アプリケーション開発者は、これらのコンポーネントを利用することで、データ入力支援や表計算、レポート作成など、業務アプリケーションで共通して必要となる機能を手早く確実にシステムに組み込むことができる。
  •  PowerTools シリーズは、自社開発製品に加え、海外の提携ベンダの開発製品を日本向けにローカライズした製品など、複数のラインアップから構成される。同社の売り上げの約 60 % はこの開発ツール事業であり、過去 10 年以上にわたり、年間売上は前年比増を達成、2007 年度の年商は 41 億 1700 万円、従業員数は 210 名規模である。国内の多くのパッケージ ベンダが苦戦する中で、異例の成長ぶりといってよいだろう。成功の秘訣はどこにあるのだろうか。テクニカルエバンジェリストの八巻氏は、謙遜しながらツール ビジネスの前提に触れた。
  • 「米国などと異なり、日本のエンドユーザーはカスタマイズに関するこだわりが強く、パッケージに業務を合わせるのではなく、業務に情報システムを合わせようとする傾向が強いと思います。このため国内では顧客向けにカスタマイズされたシステムを開発する SI 事業者が多く、パッケージ ベンダは苦戦しています。当社がパッケージで成功できた前提には、製品が開発ツールであり、こうしたエンドユーザーが顧客になるのではなく、開発者が顧客だったということがあるでしょう。その意味では、少々特別な例と言えると思います」 (八巻雄哉 氏)
  •  確かに開発者向けの支援ツールという特別な事情もあるだろうが、もちろん、それだけではない。プロダクトエンジニアの奥山氏は、徹底した日本向け対応のこだわりを語ってくれた。
  • 「私たちの生命線は、日本の業務アプリケーションに合致した仕様や機能を追求することです。自社開発製品はもちろん、海外製品をローカライズする場合も、単なるメニューやヘルプの日本語化にとどまるのではなく、日本向けとして必要な仕様や機能を徹底的に追求します。例えば日本独自の日付の表記、IME の制御、外字対応などです。特に私が担当するレポート作成支援ツールの ActiveReports は、帳票出力などをサポートするのですが、海外のシンプルな表と比較して、日本では罫線を複雑に使用したり、微妙な間隔調整したりすることが求められます。


    日米帳票比較
    一般的な日本の帳票 (左) と米国の帳票 (右)。米国の帳票では、ほとんど罫線を使わない。これに対し日本の帳票では、各行と列を罫線で明確に分離した表形式が基本である。
  •  このような国内のニーズをこちらから大量にフィードバックして機能改善を行いました。結果として、日本版だけでなく、元の ActiveReports 製品の品質も大幅に向上しました。だからというわけでもないのですが、実は先ごろ、当社は ActiveReports の権利を完全に獲得して、自社製品にしたところです。このため、次期バージョンは、これまで以上に日本のお客さまからのフィードバックを反映した製品となる予定です」 (奥山恭宏 氏)



    グレープシティの PowerTools の例
    日本向け業務アプリケーションに最適化したコンポーネントが PowerTools だ。画面は日本固有の表記に対応した入力用コンポーネント (上画面、InputMan の例) 、日本で一般的な帳票に対応したレポート作成支援ツール (下画面、ActiveReports の例)。
  •  日本独自の仕様や機能に加え、日本の顧客に満足してもらうには、品質の点でもより一段高いレベルが求められるという。
  • 「海外製品をローカライズするとき、現行製品をそのまま日本語化するのではなく、まずは現行製品をベータ版と位置づけて徹底的にテストし、バグがあれば開発元にレポートして品質を上げてもらいます。コードはあくまで開発元で修正してもらい、日本側では、翻訳作業などを進めますが、海外製品はドキュメントやサンプルなどが貧弱なことも多いので、必要とあらば日本で独自にドキュメントやサンプルを追加することもあります。場合によっては、この追加作業により、コンテンツのボリュームが数倍になるケースもあるほどです」 (小野晃範 氏)
  • ■コーディング、テストは中国、ロシア、インド。しかしいわゆる「オフショア開発」ではない
  •  PowerTools の開発体制は非常にユニークだ。本社は日本の仙台にあり、ソフトウェア エンジニアが 60 人体制で開発にあたっているが、担当しているのは仕様や機能の設計までで、実際のコーディングやテスト作業は中国やロシア、インドの子会社や関連会社で実施しているという。いわゆる「オフショア開発」だと思い、効果的なオフショア開発のヒントについて伺うと、「世に言うオフショア開発とは違う」と否定された。

  • グレープシティ株式会社
    ツール事業部
    PowerTools 製品部
    プロダクトマネージャ
    小野晃範 氏
  • 「一般に『オフショア開発』というと、日本から一方的に仕様を投げて、海外の廉価な人件費でエンジニアを使ってコードを作成したり、テストしたりすることを指すと思いますが、当社の場合は違います。基本的な仕様はこちらから提案しますが、どのように実装すべきか、ということについては、海外のエンジニアとのディスカッションで決定します。より優れた実装が可能になる場合は、この段階で仕様を見直すこともあります。結果として、当初の想像よりずっとよいものになったケースが多々あります。コストを下げるための外注という発想ではなく、同じ社員として、よりよい製品づくりのためのパートナーとして仕事をしています」 (小野晃範 氏)
  •  グレープシティでは、海外製品のローカライズにしろ、独自開発製品にしろ、コーディングやテストは海外のエンジニアが担当している。このため全世界のエンジニアが共通して理解できる英語ベースで開発、テストを進め、仕上げに日本人スタッフが日本語への翻訳を行うのだという。日本独自の表記方法にしろ、細かな罫線制御にしろ、日本文化に深く根ざした要求を、果たして日本を知らない海外エンジニアが理解してくれるのだろうか。説明したとして、意図が正しく伝わるのだろうか。どうやってうまく意思疎通を図っているのか。
  • 「海外のエンジニアと直接会うのは年 1 回ほど。ほとんどは英語ベースのメールで情報交換し、ときどきテレビ会議をします。もちろん、日本独自の仕様を理解してもらうのに最初は苦労します。例えば、日本独特の細かな帳票に対応するために、細かい設定ができるような機能を追加しようとするときに、なぜそれが必要なのかをなかなか理解してもらえません。米国人エンジニアに何度か『クレイジーだ』と言われたこともあります (笑)」 (奥山恭宏 氏)

  • グレープシティ株式会社
    ツール事業部
    PowerTools 製品部
    プロダクトエンジニア
    奥山恭宏 氏
  • 「それでも海外エンジニアにお願いしながら、最終的には意思疎通を図って納得できる製品に仕上げる最大のポイントは、一方的な押しつけではなく、エンジニアの自主性を大事にして作業してもらっていることでしょう。最初は理解できなくても、ディスカッションしてみんなで仕様を決めて、お互い納得して作業を進めます。文化は違うし、自国で使われる製品でなくても、完成すればエンジニアとして満足できますし、製品が市場で高い評価を受けたと知れば、やりがいも感じてもらえます。お互いエンジニアですから、最後は『よい製品を作る』ということがインセンティブになるんです」 (奥山恭宏 氏)
  •  オフショア開発というと、賃金は安いが技術力や日本の理解が十分でないエンジニアを何とか使って製品を作らせる、というイメージを持ってしまいがちだが、こうした上段からの目線が、海外エンジニアのやる気をそぐ原因になっているのかもしれない。海外エンジニアをうまく活用するグレープシティの製品開発には、何か特別な秘策があるのかと想像していたが、答えは「エンジニアとして互いを尊重し、成果を共有する」という、言われてみれば当たり前のことだった。
  • ■グレープシティの午後 9 時は、普通の SI の職場の深夜零時?
  •  グレープシティの本社は、仙台駅から地下鉄で 15 分ほど離れたニュータウンの一角にある。


    グレープシティ本社
    グレープシティの本社は、JR 仙台駅から地下鉄と車で約 30 分ほどのニュータウンの一角にある。緑に囲まれ、内部もゆったりとしたオフィスは、シリコンバレーの米国企業を彷彿とさせる。
  •  良い悪いは別にして、日本では人材や情報の多くが東京圏に集中している。このため地方創業の企業でも、規模が拡大するにつれ人材難や情報疎外に直面し、望むと望まざるとにかかわらず、東京に本社機能を移転させるケースが少なくない。グレープシティにそのような問題はないのだろうか。
  • 「エンドユーザーと直接向き合うのでなく、パッケージ開発だから仙台でも活動できているのだと思います。コーディングやテストは海外なので、通信回線さえあれば、東京でなくても何ら不都合はありません」 (八巻雄哉 氏)
  •  仙台という場所がら、グレープシティには東北出身者が多く、東京勤めから故郷に近い仙台に転職で戻ってくる、いわゆる U ターン組が多い。今回お話をうかがった 3 名も、いずれもこのコースでグレープシティに転職したとのことだ。人材の確保という点では、東京と比較すると不利はあるとのことだが、今のところは、東京で経験を積んだエンジニアの U ターンで何とかなっているらしい。自身の転職経験を奥山氏は次のように語る。
  • 「以前は東京の SI 企業に在籍していました。そこから 1 年間米国に出張して、東京に戻ってきたのですが、東京での暮らしぶりはあまりに忙しく、米国のようにゆったりした環境で仕事に専念したいと考えるようになりました。そこで、郷里の山形か、その近辺でいい仕事がないか探そうと思ったのです。とはいえ当初は、IT エンジニアのスキルや、英語によるコミュニケーション能力を活かせる仕事は、なかなか東北地方にはないだろうと考えていました。ところがグレープシティはまさに希望する環境そのもので、嬉しい誤算でした」 (奥山恭宏 氏)
  •  昨今 IT エンジニアの職場は、新 3K (きつい、厳しい、帰れない) などと揶揄されることもある。しかしグレープシティでは、多くの社員が午後 6 時の定時に帰途に就くという。

  • グレープシティ株式会社
    ツール事業部
    PowerTools 製品部
    テクニカルエバンジェリスト
    八巻雄哉 氏
  • 「私も以前は東京の SI 企業に在籍していたのですが、印象としては、グレープシティの午後 9 時のオフィスは、SI 時代の深夜零時くらいの雰囲気でしょうか (笑)。特別な理由がないかぎり、午後 7 時ごろにはほとんどの社員が帰宅します」 (八巻雄哉 氏)
  •  こう聞いて正直驚いてしまったのだが、驚くほうの感覚が間違っていると八巻氏は述べる。
  • 「定時で帰宅できるのも、パッケージ開発だからという恵まれた条件があると思いますが、できるだけ昼間の業務時間に集中して作業し、パフォーマンスを上げる努力を一人ひとりがしています。だらだら遅くまで残って、フレックス出勤で翌日は 11 時出社というような生活は、明らかにパフォーマンスが悪いと思います。そうして残業が常態化すると、作業が遅れても残業でリカバリーすればよいと、だらだら仕事を進めてしまいがちです。またそういう人がいると、まわりにどんどん伝染します。集中して作業すれば、残業などしなくても仕事量は変わらないと思います」 (八巻雄哉 氏)
  •  しかし「定時でそこまでできるなら、残業してもっと……」となりそうな気がしてしまう。この点については、マネージメントがしっかりとしたポリシーを貫いているようだ。
  • 「グレープシティでは、基本、年単位で計画された各自のミッションが決まっており、突然上司から別の仕事が振ってくるようなことはありません。仕事をどう進めるかは、かなりの部分、個人の裁量で決められますから、自分のペースで仕事ができます。人事考課の対象はあくまで最終的な成果なので、残業があってもなくても、成果が同じなら評価は変わりません。むしろ、成果が同じなら、定時で帰っている人のほうが,効率はよいわけで、評価は上がると思います」 (奥山恭宏 氏)
  • ■仙台でのびのびと、けれど世界をまたに掛けたソフトウェア開発企業
  •  日進月歩の IT 産業に携わるエンジニアというものは、ヒト・モノ・カネが集中する大都市で、時間に追われながら、世知辛い競争に負けまいと昼も夜もなく働くものと勝手に想像していた取材者にとって、グレープシティから得た回答は、ことごとく素朴で当然の内容で、正直拍子抜けしてしまった。エンジニアが楽しく、健康に、やりがいをもって働ける環境があれば、優れた製品が生まれ、ビジネスは成長するということだろう。
  •  取材後に社内を案内していただいたが、社員のみなさんも、いかにものんびりとしたマイペースといった感じだった。「競争で切磋琢磨する、という雰囲気ではないですね?」。この質問に八巻氏は「ゆったりとした雰囲気はグレープシティの社風といってよいでしょう。競争がないと自分を伸ばせないという人は、たぶん東京から戻ってこないと思います」。
  • グレープシティ株式会社
    http://www.grapecity.com/
    本社:仙台市泉区紫山 3-1-4
    設立:1980 年5 月 (文化オリエント株式会社)
  • (2009 / 5 / 11 公開)