開発者のためのケーススタディ
―先端事例を開発視点で斬る
vol.1

株式会社 LoiLo
代表取締役 杉山浩二 氏(右)
取締役 杉山竜太郎 氏(左)
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  •  株式会社 LoiLo は、誰でも手軽に映像作品を作り、共有することができる、新感覚の映像制作アプリケーション LoiLoScope で注目を集めている。本稿では、ソフトウェア開発者の視点から、LoiLoScope の開発経緯、開発手法などについてまとめる。
  • ■必要なツールがなければ作る、利用できるツールは利用する
  •  株式会社 LoiLo の前史は、同社を設立した杉山竜太郎氏 (兄) と杉山浩二氏 (弟) の「杉山兄弟」が、学生時代に始めたソフトウェア開発にさかのぼる。映像制作を学んでいた杉山竜太郎氏は、Adobe Premiere と Adobe After Effects のヘビー ユーザーだった。しかし、Adobe After Effects を使い込むうちに、使いにくい部分を感じるようになったという。そこで、プログラミングを学んでいた杉山浩二氏が、アニメーション制作時に生じる、ジャギー (エッジのラインのギザギザ) を解消するアプリケーションを開発した。これが、後にアニメーション業界のスタンダードとまでいわれるようになった、Adobe After Effects プラグインの Smooth である。この Smooth は、現在でもアニメーション業界で広く使われている。
  •  杉山竜太郎氏と杉山浩二氏はこの経験に手応えを感じて、1999 年に VJ (ビデオ ジョッキー) 向けの映像制作アプリケーションの開発に着手する。両氏はそれぞれゲーム制作会社に就職しながら、副業としてアプリケーション開発を続ける。しかし、そうした開発作業は、最初からビジネスにすることを想定したものではなく、自分たちが表現したいことを表現するための、あるいは、表現者 (クリエイター) がアプリケーションの使いにくさに煩わされないようにするためのものだったという。
  •  両氏が 1999 年に開発した VJ 向けの映像制作アプリケーションが、今日、株式会社 LoiLo の主力商品となっている映像制作アプリケーション、LoiLoScope の前身だ。驚かされるのは、1999 年当時から、GPGPU (General Purpose GPU、高速な並列演算を得意とする GPU を、グラフィックス描画という本来の用途ではなく、一般的な用途に使う技術) を利用して開発を行っていたという点である。
  •  「表現者は、頭の中にあるイメージを形にするための作業で待たされることに、大きなストレスを感じます。そこで、GPGPU を利用して、レンダリングの待ち時間のないアプリケーションを開発したいと考えました」 (杉山竜太郎氏)
  •  「自分たちが欲しいと思うアプリケーションを開発するのですから、開発で妥協はしませんでした。必要な開発ツールがなければ自分で作成する、利用できる開発ツールがあれば利用する、といった積極的な姿勢で開発にあたりました。現在では、主にマイクロソフトが提供している開発ツールを利用していますが、そうした開発の姿勢は当時から変わっていません」(杉山浩二氏)
  •  このようにして生まれた VJ 向けの映像制作アプリケーションを使って、両氏は表現活動を開始した。「当時は VJ の方々や、書道家の武田双雲氏といったアーチストとのコラボレーションを行っていました。そのようにして表現活動をするうちに、アトリエが欲しい、ということになり、ちょうどその頃にオープンした慶應大学藤沢イノベーションビレッジに部屋を借りることになったのです」 (杉山竜太郎氏)
  •  両氏が開発した VJ 向けの映像制作アプリケーションは、その後、独立法人情報処理推進機構の未踏ソフトウェア創造事業の目にとまり、杉山竜太郎氏が「スーパークリエーター」の認定を受けた。このようにして、映像制作アプリケーションの開発を開始した両氏は、2007 年 3 月に勤務していたゲーム制作会社を退職し、同年 4 月に株式会社 LoiLo を設立して、ISV としてのスタートを切った。


    LoiLo 社内
    外見は今風の大学の研究室のようだが、事務所の中にはゴザが敷かれていた。
  • ■革新的な UI の開発には WPF が不可欠だった
  •  両氏は、VJ 向けの映像制作アプリケーションだった LoiLoScope を、一般向けの映像制作アプリケーションに作り直す作業から事業をスタートした。着手した開発作業で、両氏が最初に考えたことは、使いやすい UI (ユーザーインターフェイス) を備えたアプリケーションにしたい、ということだった。
  •  「デジタル ビデオ カメラはもちろん、デジタル カメラや携帯電話のムービー機能が普及し、パソコンを利用して、自分の映像を制作したいという需要は一般ユーザーに広く存在します。しかし、プロフェッショナル向けの映像制作アプリケーションは、UI が複雑で、一般ユーザーには使いにくいのです。LoiLoScope では、GPGPU を利用する高速映像処理エンジンの ecouEngine を武器としつつ、その一方で、使いやすい UI を追求しようと考えました」 (杉山竜太郎氏)
  •  一般向けの映像制作アプリケーションとして生まれ変わった LoiLoScope の大きな特徴は、ecouEngine による、レンダリングの待ち時間がない高速処理とともに、Scoping UI と呼ばれる革新的な UI である。この UI は、無限平面デスクトップ上のサムネイル、マグネット、タイムライン、ホーム メニューという 4 つのオブジェクトで構成される。作業に必要な素材を机の上に広げるように、ユーザーは映像や音楽などのファイルを、無限のデスクトップ上に配置できる。そして、サムネイル上にマウス カーソルを重ねれば、即座に映像や音楽の再生が始まる。また、デスクトップ上でサムネイルを投げ、マグネットに吸着させて分類できる。分類したサムネイルをタイムライン上でつなげれば、映像作品が完成する。さらに、ホーム メニューのアイコンをクリックするだけで、完成した映像作品を YouTube に投稿することも可能だ。


    LoiLoScope のデスクトップ
    LoiLoScope のデスクトップ。無限平面デスクトップ上にサムネイル、マグネット、タイムライン、ホーム メニューという4つのオブジェクトが置かれる。


    サムネイル編集画面
    サムネイル編集中に、ホーム メニューのエフェクト アイコンにマウス カーソルを重ねるだけで、編集結果を即座にプレビューすることができる。


    タイムライン編集画面
    ほかの映像制作アプリケーションと同様、タイムライン編集の機能も備えるが、杉山竜太郎氏は「タイムラインという概念もなくしてみたい」と意欲を語る。
  •  「エフェクト アイコンにマウス カーソルを重ねるだけで結果をプレビューできるのは、ecouEngine が GPU のピクセル シェーダーを直接操作するコードを搭載しているためです。つまり、GPGPU のパフォーマンスを高速処理と UI の両方に活用しているのです。このような UI により、表現者は待ち時間のストレスから完全に解放されます。新しい UX (ユーザー エクスペリエンス) を創造することができたと思っています」 (杉山竜太郎氏)
  •   「デスクトップは従来の映像制作アプリケーションのプロジェクト、マグネットはフォルダーに相当します。既成の概念にとらわれない、こうした革新的な UI を開発するために、.NET Framework 3.x と WPF (Windows Presentation Foundation) はなくてはならないライブラリーでした。WPF のよいところは、強力な機能を備えながら、極めて柔軟な拡張性をも同時に提供している点です。定型的な部分では、既成のライブラリーを利用して工数を削減するとともに、オリジナリティーや革新性が求められる部分では、独自の工夫で、自由にグラフィックスを制御できます。WPF はこの両面を備えた、優れたプログラミング インターフェイスだと思います」(杉山浩二氏)
  •  LoiLoScope の革新的な UI を言葉で説明するのは困難だが、同社のウェブサイトから無償版 (LoiLoScope パブリックベータ版。ダウンロードはこちら) をダウンロードしてみれば、誰でもその革新性を理解することができるだろう。LoiLoScope の UI には、一般的な Windows アプリケーションの UI にあるような定型部品は、ほとんど見られない。そもそも、Windows インターフェイスを土台とせずに、自由な発想で開発されたという印象だ。Office などの Windows ビジネス アプリケーションになれてしまうと、どうしても Windows インターフェイスを土台に UI を考えてしまうが、LoiLoScope の革新的な UI を目の当たりにすると、Windows インターフェイスの定型部品を使わなくても、直感的に操作できる UI を開発できる、という事実に改めて気付かされる。あくまで使いやすさを追求した結果、このような UI が生まれた。これは Windows プログラマーにとって忘れがちなことだが、新時代の UX を考える上で、極めて重要なアプローチではないだろうか。
  • ■デザイナーとプログラマーのコミュニケーションが重要
  •  こうした革新的な UI の発想は、両氏の個人的な資質と、学生時代の開発経験、就職したゲーム制作会社での開発経験によるところが大きいように思われる。
  •  「ゲーム アプリケーションの開発ではプログラマーが大きな権限を持ちますが、デザイナーも同じように、自分の表現を作るためには、スペックと容量との闘いがあり、テクノロジーに関して詳しくなっていきます」 (杉山竜太郎氏)
  •  「LoiLoScope の UI の開発においては、デザイナーである兄と、プログラマーである私の間で、最初に自分たちが求めるデザインを完全に共有し、次に私がそれをコードに落としていく、という開発のプロセスを採りました。兄も私も、ゲーム アプリケーションの開発経験があり、そうした開発のプロセスになじんでいたこと、兄弟ならではのスムーズな意思の疎通といった要因もありました」 (杉山浩二氏)
  •  UX を次世代アプリケーションの目玉にしようという動きは活発だが、デザイナーとプログラマーの共同作業が容易でない、という古くて新しい課題は、いまなお残されている。開発ツール ベンダーは、デザイナーとプログラマーの双方が使える開発ツールを用意して、これをコミュニケーションの土台として機能させるべく努力しているようだが、必ずしも成功しているとはいえない。最も重要なことは、デザイナーがある程度プログラミングを理解し、その一方で、プログラマーがデザイナーの作業を理解して、できるだけ深いコミュニケーションを図ることにあるようだ。LoiLoScope の成功は、こうしたデザイナーとプログラマーの理想的な共同作業の結果といえるのではないだろうか。
  •  使いやすさの追求という 、LoiLoScope の革新的な UI 開発のアプローチは、一般的な Windows ビジネス アプリケーションの UI 開発にも有効なのではないか。この問いに対して、杉山竜太郎氏は意味ありげに答えた。
  •   「正直なところ、使いにくいと感じるビジネス アプリケーションはたくさんあります。もっと直感的な操作で、誰でも簡単に使える UI を備えたビジネス アプリケーションを開発できるのではないか、と考えています。まだ詳しくお話しできる段階ではありませんが、誰もが頻繁に使うビジネス アプリケーションの 1 つを、今回のアプローチで開発してみたいという計画もあります」(杉山竜太郎氏)
  •  自分たちが本当にほしいもの、使いやすいものを開発し続けてここまできた。これこそが、モノ作りの原点といえるかもしれない。既成の概念にとらわれず、自由な発想で開発された LoiLoScope を見ていると、多くのソフトウェア開発者が、知らず知らずのうちに失ってしまったソフトウェア開発の自由度について、改めて考えさせられる。楽しんで開発することを、ソフトウェアの価値につなげる時代。そんな原点回帰の時代への岐路に、私たちは立たされているのかもしれない。


    LoiLo のみなさん
    少数精鋭のスタッフ。やみくもに会社を大きくするのが目的ではなく、自分たちが欲しいと思うアプリケーションを楽しく開発していきたいという。

  • 株式会社 LoiLo
    http://loilo.tv/
    本社:神奈川県藤沢市遠藤 4489-105 慶應大学イノベーションビレッジ 211
    代表取締役:杉山浩二
    設立:2007 年 4 月

    株式会社 LoiLo プロファイル
    株式会社 LoiLo は、神奈川県藤沢市の慶應大学藤沢イノベーションビレッジにオフィスを構える新進気鋭の ISV だ。同社の主力商品となっているのは、誰でも手軽に映像作品を作り、共有することができる、新感覚の映像制作アプリケーション LoiLoScope である。「マイクロソフト イノベーションアワード 2007 コマーシャル部門」で優秀賞を受賞した LoiLoScope は、無償版 (LoiLoScope パブリック ベータ版) が同社のウェブサイトで公開されている。また、有償版 (Super LoiLoScope 製品版)が同社のオンラインショップで販売されているほか、パソコンやグラフィックスカードにバンドルされている。
    (2008 / 11 / 27 公開)